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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和50年(ワ)79号 判決 1979年2月16日

原告 安田秀夫こと 鄭順大

右訴訟代理人弁護士 松本健男

同 西川雅偉

右松本訴訟復代理人弁護士 在間秀和

被告 尼崎港運株式会社

右代表者代表取締役 鴻池祥肇

右訴訟代理人弁護士 田辺重徳

被告 株式会社黒崎産業

右代表者代表取締役 黒崎功

被告 黒崎産業こと 黒崎功

右被告両名訴訟代理人弁護士 柴田耕次

主文

一、被告らは各自、原告に対し、金八二六万六二九一円およびこれにつき、昭和五〇年三月五日から右支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は五分し、その四を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

一、被告らは各自、原告に対し、金一九三三万六〇八円および、内金一四一〇万四五四五円につき昭和五〇年三月五日から、内金五二二万六〇六三円につき昭和五二年八月五日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

三、仮執行の宣言

(被告ら)

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(請求原因)

一、本件事故の発生

原告は、被告黒崎功の従業員であったが、昭和四八年九月二二日午前一一時三〇分ころ、尼崎市大高洲町の被告尼崎港運株式会社(以下「被告尼崎港運」という。)の庄下作業現場において、被告尼崎港運所有の移動式クレーンにより、運河上の曳船から河岸の被告黒崎功所有の大型トラックへ、金属スクラップを積みおろすことを内容とする作業が行われていた際、他の同僚二名とともに前記大型トラックの荷台にあがって、河岸に常時設置してある前記移動式クレーンのマグネットの吸引によって、曳船から大型トラックに積み込まれる金属スクラップを、右荷台上にならす仕事に従事し、スクラップが前記クレーンによって積み込まれるのを、荷台前方で運転台に背を向けて監視していたとき、マグネットより落されたスクラップ破片が飛び散って原告の左眼に突きささった。そのため原告の左眼球に激痛が生じたので、原告は、運転席で休むべく、荷台から運転席へ身体を移そうとして、運転席入り口のステップに左足をかけようとした際、朝からの雨でステップが濡れていたため足を滑らし、運転席入り口のドアの左横の把手に左手を残したまま、ねじれるようにして地上に滑り落ち、肩、背中、首の部位を荷台および運転席の車体とステップで強打し、それによって、左眼球内異物および頸椎捻挫、腰部捻挫の傷害を受けた。

二、責任原因

(一)、被告黒崎功の責任

1、債務不履行責任

被告黒崎功は、原告の使用者として、原告に対して安全保護義務を負うところ、次のとおりその義務を履行しなかった。

(1)、作業主任者を選任して本件現場の作業に従事する労働者の指揮を行わすべきであるのに(労働安全衛生法一四条、同法施行令六条一三号)、作業主任者を選任していなかった。

(2)、本件作業現場はスクラップの破片等が飛来して労働者に危険を及ぼすおそれがあるから、労働者に保護具(保護眼鏡等)を使用させる等の危険防止措置を講ずべきであるのに(労働安全衛生規則一〇六条、五三八条)、全く右措置をとらなかった。

(3)、本件作業現場の前記大型トラックは一一屯車であり、かかる自動車に荷を積む作業をするときは、車輛の荷台に昇降設備を設けるべきであるのに(同規則四一七条)、右設備をしなかった。

(4)、本件作業現場の前記大型トラックに積むスクラップの重量は、前記クレーンで運ぶ一回分だけで、三〇〇ないし四〇〇キログラムであるから、作業指揮者を定めて、作業の方法、順序の決定、作業の指揮、監視を行わせなければならないのに(同規則四二〇条)、右指揮者を定めておらず、したがって、作業の指揮等も行わせていなかった。

以上(1)ないし(4)のとおりであって、被告黒崎功は、安全保護義務を履行しなかったもので、債務不履行の責任がある。

2、不法行為責任

被告黒崎功は、前記1の(1)ないし(4)のように、その注意義務を怠った過失により原告に傷害を負わせるにいたったもので、不法行為の責任がある。

(二)、被告尼崎港運の責任

1、債務不履行責任

被告尼崎港運は、被告黒崎功との間に、陸揚げされたスクラップの陸上運送作業を被告黒崎功をしてなさしめることを目的とする請負契約を締結していたのであり、また、本件作業現場が被告尼崎港運の作業場であり、前記クレーンとその運転手いずれも同被告に属し、被告黒崎功はその所有トラックを本件現場に派遣して運送作業にあたっていたのであるから、以上の事実からすれば、被告尼崎港運は、原告に対し、労働安全衛生法上の事業者としての安全保護義務を負うものであり、仮にそうでないとしても、少くとも同法二九条、三〇条の元方事業者、特定元方事業者としての安全保護義務を負うというべきである。そして、被告尼崎港運が負う安全保護義務の内容は、被告黒崎功が負う前記1の(1)ないし(4)と同様の義務であり、他にも、下請に入っている被告黒崎功およびその労働者に対し、指示、指導、定期的な協議組織の設置、開催等の措置を講じなければならないのに(同法二九条、三〇条)、被告尼崎港運は、以上の安全保護の各義務を履行しなかったもので、債務不履行の責任がある。

2、不法行為責任

被告尼崎港運は、前記1の(1)ないし(4)のような注意義務があり、さらに、クレーンを用いて作業を行うときは、事業者として、クレーンの運転について一定の合図を定め、合図を行う者を指名し、その者に合図を行わせなければならない注意義務があるのに(クレーン等安全規則二五条、七一条)、以上の各注意義務を怠った過失により原告に前記傷害を負わせるにいたったもので、不法行為の責任がある。

また、被告尼崎港運の前記クレーン運転手訴外永田徹志は、スクラップを前記トラックの荷台上に落下させるにあたっては、荷台上の作業員にスクラップ破片等が飛散しないよう注意を払うべき義務があるのに、これを怠って漫然と荷台上一メートルないし一・五メートル附近からスクラップを落下させてその破片を飛散させた過失により、本件事故を惹起させたのであり、被告尼崎港運の事業の執行につき右行為をしたのであるから、被告尼崎港運は民法七一五条の使用者責任がある。

(三)、被告株式会社黒崎産業の責任

被告黒崎功は、本件事故発生当時、「黒崎産業」という商号で各種解体土木工事等の事業を営んでいた。そして、昭和四九年五月一〇日、被告株式会社黒崎産業(以下「被告黒崎産業」という。)が設立されたが、被告黒崎産業は、被告黒崎功の営業を譲り受け、その商号を続用して同種の営業を継続しているものであるから、商法二六条一項により、被告黒崎功の営業により生じた同被告の前記各損害賠償債務につき、重畳的にその責任を負うべきである。

(四)、したがって、被告らは連帯して本件事故によって生じた原告の損害を賠償すべき責任がある。

三、損害

原告は、本件事故当日直ちに、萩原眼科医院で左眼球より鉄片の摘出手術を受けるとともに、同日から同年一二月一日まで(実日数五四日)同医院に、同年一二月四日から昭和四九年一月二六日まで(実日数六日)関西労災病院に、同年二月一二日から同年五月一一日まで兵庫県立尼崎病院に、それぞれ通院して治療を受けたが、結局、左眼は失明し、その影響で右眼の視力も同年三月二五日には〇・六以下に低下し、これと並行して、頸椎捻挫、腰部捻挫についても、昭和四八年一二月二七日から昭和四九年一一月三〇日まで(実日数一九八日)松島整形外科医院に通院して治療を受け、右通院治療は昭和五二年一〇月中旬まで継続し、その間療養のため休業した。

そこで、原告の損害額は次のとおりとなる。

(一)、休業損害 二二六万八六四〇円

原告は昭和四八年九月二二日から同五二年一〇月一五日まで休業したが、右期間における労災保険給付基礎日額は、昭和四八年九月二二日から同四九年一二月三一日までは五〇二二円、同五〇年一月一日から同五一年一二月三一日までは六二七七円、同五二年一月一日から同年一〇月一五日までは七八八四円であるので、これを基準とすれば、右期間に得べかりし原告の賃金は合計九一九万九三三一円となる。そして、右期間における原告の労災保険による休業補償費、休業特別支給金の給付額は合計六九三万六九一円であるので、結局、前記期間の得べかりし休業損害は二二六万八六四〇円となる。

(二)、逸失利益 一一一三万一九六八円

原告の左眼失明は障害等級八級に該当し、また、頸椎捻挫、腰部捻挫による後遺障害は同等級一二級に該当するから、両者総合して七級に該当する(なお、左眼失明の結果、右眼の視力も〇・六以下に低下しているので、それのみでも七級に該当する。)。原告は、右後遺障害により七級の労働能力喪失率五六パーセントの労働能力を失ったものであるが、障害補償年金による給付率が三五パーセント(給付基礎日額の一三一日分、すなわち三六五分の一三一)であるので、その分を差引くと、損害率は二一パーセントとなる。そして、昭和五二年一〇月一六日当時、原告は、三六才の男子であり、以後三一年間は就労可能であり、一日当りの賃金は前記のように七八八四円であるので、ホフマン式計算法によって原告の逸失利益を算出すると一一一三万一九六八円となる。

(7884×365×0.21×18.421=11131968)

(三)、慰藉料 五一八万円

原告は、前記期間にわたり通院して加療を受け、前記のような後遺障害が存しているので、通院加療による慰藉料は一〇〇万円、後遺障害による慰藉料は四一八万円が相当である。

(四)、弁護士費用 七五万円

本件事案の程度と経過に照らせば、弁護士費用は七五万円が相当である。

四、以上の次第で、原告は、被告らが各自、前記損害合計一九三三万六〇八円および、内金一四一〇万四五四五円につき本件訴状送達日の翌日にあたる昭和五〇年三月五日から、内金五二二万六〇六三円につき本件準備書面(昭和五二年八月二日付)送達日の翌日にあたる昭和五二年八月五日から、各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払うことを求める。

(被告尼崎港運の答弁)

一、請求原因一の事実のうち、原告主張の日時、場所において、被告尼崎港運所有の移動式クレーンにより、被告黒崎功所有の大型トラックに金属スクラップを積みおろす作業が行われていたこと、その場で右スクラップの破片が原告の左眼に突きささる事故のあったことは認めるが、その余の事実は知らない。

二、同二の事実のうち、被告尼崎港運が被告黒崎功に対しスクラップの陸上運送作業を請負わしていたことは認めるが、その余の事実は争う。

原告は被告黒崎功に使用されているものであり、被告尼崎港運と原告との間には雇用契約関係はないのであるから、被告尼崎港運は、労働安全衛生法にいわゆる事業者にあたるものではなく、安全配慮義務を負うことはない。

また、被告尼崎港運は、元方事業者として、労働災害を防止するため、関係法規を遵守するよう指導、指示しているのであり、何らの義務違反もない。

三、同三の事実は争う。

(被告黒崎功、同黒崎産業の答弁)

一、認否

1、請求原因一の事実のうち、原告主張の日時、場所において、原告主張のような作業が行われていたこと、原告が、被告黒崎功の従業員であり、同被告所有の大型トラックの荷台において、曳船から積込まれる金属スクラップを荷台上にならす仕事に従事し、右荷台上で運転台に背を向けて監視していた際、マグネットより落されたスクラップの破片が飛び散って原告の左眼に突きささったことは認めるが、その余の事実は争う。

2、同二の事実のうち、被告黒崎功が原告の使用者であること、被告黒崎産業が昭和四九年五月一〇日設立されたことは認めるが、その余の事実は争う。

3、同三の事実は知らない。

二、主張

1、原告主張の頸椎捻挫、腰部捻挫の傷害は本件事故とは因果関係がない。すなわち、原告は、本件事故当日から三か月も経過した昭和四八年一二月二七日にいたってはじめて受診しているのであり、それまでは異常はなかったものであり、ただ、年令的要素と首に対する負荷によって生じた症状について、心因的に誇大に意識し、まだ存続しているように思いこみ、神経症的症状を発現せしめているにすぎない。

2、被告黒崎功および被告黒崎産業(以下「被告黒崎ら」ともいう。)は、原告に対し、休業補償として一五五万三〇〇〇円を支払ったところ、労災保険より一三七万八二八五円の給付を受けたので、その差額一七万四七一五円を支払ったことになり、また、原告は、昭和四八年九月二二日から同五三年六月二三日までの間に労災保険による休業補償給付金合計六六八万一九九七円、休業特別支給金合計一八二万四九六一円の交付を受けている。以上合計八五八万一六七三円は損益相殺さるべきである。

3、被告黒崎らは、原告が負担すべき昭和五一年一二月末日までの健康保険料一〇万八八四〇円を立替え支払ったので、同額の立替金返還請求権を有し、また、昭和四八年九月二一日原告に貸渡した貸金残金債権二三万円を有するので、右債権合計三三万八八四〇円を自働債権として対当額につき、原告主張の損害賠償債権と相殺の意思表示をする。

(被告黒崎らの主張に対する答弁)

1、被告黒崎らの主張1の事実は否認する。

2、同2の事実のうち、原告が被告黒崎らから休業補償として一五二万八〇〇〇円を受領したこと、原告が労災保険による休業補償給付金、休業特別支給金として被告黒崎ら主張の各額の交付を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

3、同3の事実のうち、同被告らが原告に貸金残債権二一万円を有することは認めるが、その余の事実は争う。

同被告らの本件損害賠償債務は不法行為によって生じたものであるから、同被告らはその主張の相殺をもって原告に対抗しえない。

第三、証拠関係《省略》

理由

一、本件事故の発生

昭和四八年九月二二日午前一一時三〇分ころ、尼崎市大高洲町の被告尼崎港運の庄下作業現場において、被告尼崎港運所有の移動式クレーンにより、被告黒崎功所有の大型トラックに金属スクラップを積みおろす作業が行われていたこと、その場で右スクラップの破片が原告の左眼に突きささる事故のあったことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、前記日時場所において、被告黒崎功の従業員として、他の同僚二名とともに、前記大型トラック荷台上で前記クレーンのマグネットの吸引によって運河上の曳船から右トラックに積み込まれた金属スクラップを、右荷台上にならす仕事に従事していたが、右スクラップが前記クレーンによって積み込まれるのを、荷台上で運転台に背を向けて監視していたとき、マグネットより落されたスクラップ破片が飛び散って原告の左眼に突きささった(以上の事実は原告と被告黒崎らとの間で争いがない。)。そのために、原告の左眼球に激痛が生じたので、原告は、運転席で休むべく、荷台前方右側から直接運転席へ体を移そうとして、運転席入口のドアの左横窓下の把手に左手をかけ、右把手の下方に位置する狭い出っ張り状の縁に足をかけた際、右眼しか使えないためと、当時降りやんではいたが当日の雨で同所が濡れていたために、その足を滑らして、右把手に左手を残したままぶらさがって体をねじるようにして滑り落ち、同時に運転席入口附近の車体で原告の首、肩、腰部を強打した。それらによって、原告は左眼球内異物および頸椎捻挫、腰部捻挫の傷害を受けた。

以上のとおり認めることができ、右認定に反する証人大西陽三、同阿武幸男の各供述は、原告本人の供述に照らすと、当時同人らが作業中であって、原告の前記行動を逐一目撃していたとは認められないから、たやすく措信することができない。

二、責任原因

1、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

被告尼崎港運は、被告黒崎功との間に、陸揚げされたスクラップの陸上運送作業を被告黒崎功をしてなさしめることを目的とする請負契約を締結し、被告尼崎港運の作業場内である本件作業現場で同被告に属するクレーンとその運転手によって右スクラップの陸揚げがなされていた(以上の事実は原告と被告尼崎港運との間で争いがない。)。被告黒崎功は、本件事故当時、「黒崎産業」という商号で各種解体土木工事等の事業を営み、その所有の大型トラック等を本件現場に派遣して前記陸上運送作業にあたっていたが、本件事故当日の前日原告を雇用し、原告の使用者として本件事故当日から原告を右陸上運送の作業に従事させた(被告黒崎功が原告の使用者であることは原告と被告黒崎らとの間で争いがない。)。本件作業現場は、スクラップをクレーンで前記大型トラックに揚げる際、その荷台より一・五メートルないし一メートルの高さで、スクラップが放されて落下するため、スクラップの破片等が飛来して労働者に危険を及ぼすおそれがあるので、被告黒崎功は、労働者に保護眼鏡等の保護具を使用させるなどの危険防止措置を講ずべきであるのに(労働安全衛生規則五三八条)、全く右措置をとっていなかった。また、前記作業が曳船から積荷のスクラップを前記クレーンで積みおろすのであるから、被告黒崎功は、作業主任者を選任し、本件現場の作業に従事する労働者の指揮等を行わすべきであるのに(労働安全衛生法一四条、同法施行令六条一三号)、作業主任者を定めていなかったし、前記クレーンで運ぶスクラップの重量は一回分で三〇〇ないし四〇〇キログラムであるから、作業指揮者を定め、作業の方法、順序の決定、作業の指揮、監視を行わすべきであるのに(同規則四二〇条)、右指揮者を定めてなく、したがって、右作業の指揮等も行わせていなかった。なお、本件事故後の昭和四九年五月一〇日、被告黒崎産業が設立されたが(右設立の事実は原告と被告黒崎らとの間で争いがない。)、被告黒崎産業は、被告黒崎功の前記営業を譲り受け、前記のように「黒崎産業」の商号を続用して現在にいたっている。

以上のとおり認めることができる。《証拠判断省略》

2、そうすると、被告黒崎功は、事業者として、前記認定のような安全保護義務の不完全履行があったものというべきであり、被告黒崎産業は、同黒崎功の商号続用の営業譲受人として、被告黒崎功の右債務不履行責任を同被告と重畳的に負うものといわなければならない。被告尼崎港運は、事業者に該るものということはできないが、その作業所構内において、前叙のように被告黒崎功に下請させている関係にあって、同一の作業場での元請負人としての作業の分担、実施の状況からすれば、元方事業者として、前記認定の安全衛生法規の違反につき関係請負人の労働者に対し必要な指導、指示を行うべきであるのに(労働安全衛生法二九条)、右指導、指示をしなかったこと、また、特定元方事業者としても、労働災害を防止するために定期的な協議組織の設置、開催等の措置を講ずべきであるのに(同法三〇条)、右措置をとらなかったことが前示各証拠によって認められるから、安全保護義務の不完全履行があったものというべきである。したがって、被告らは各自、右債務不履行によって原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、損害

《証拠省略》によれば、原告は、本件事故当日の昭和四八年九月二二日直ちに、萩原眼科医院で左眼球より鉄片異物の摘出手術を受け、同日から同年一二月一日まで同医院に、同年一二月四日から昭和四九年一月二六日まで関西労災病院に、同年二月一二日から同年五月一一日まで兵庫県立尼崎病院に、それぞれ通院して穿孔性左眼球外傷、左外傷性白内障等の治療を受けたが、結局、左眼は失明したこと、右治療と並行して、頸椎捻挫、腰部捻挫についても、頸部痛、腰部痛が長く継続し、バレー症状が存在したため、昭和四八年一二月二七日から昭和五二年四月二〇日まで、松島整形外科医院に通院して治療を受け、その後も治療を継続していること、そして、左眼失明と前記通院治療のため、昭和四八年九月二二日から同五〇年一月末日頃までは就労不能の状態にあって、同年二月頃には就労可能の状態になったこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

被告黒崎らは、原告の前記頸椎捻挫、腰部捻挫の傷害は本件事故と因果関係がない旨主張するが、前示各証拠によると、原告は、本件事故後約三か月を経た昭和四八年一二月二七日はじめて右症状について診断を受け治療をしたものであるが、前記症状については事故後三か月経過後の発現もありうるところであること、それまで左眼手術とその治療が進行中のため、右症状の診断が遅れたせいもあること、右症状は年令的要素と頭の負荷が因となって生ずることもあるが、原告は、本件事故の際、前示のように身体がねじれるようにして滑り落ちたのであり、それが受傷の顕著な機縁となっているものであって、前記受傷は本件事故と因果関係があることが認められ、他に右判断を左右するに足りる証拠はない。したがって、被告黒崎らの主張は採用することができない。

そこで、損害額について判断する。

1、休業損害 九二万八九〇三円

《証拠省略》によれば、原告の労災保険給付基礎日額は、本件事故当時五〇二二円、昭和五〇年一月一日以降六二七七円であることが認められるところ、右給付基礎日額は、平均賃金により算出されていることからみると、原告の得べかりし収入の基準とするを相当とするから、原告の前記休業期間である昭和四八年九月二二日から同五〇年一月三一日までの間の得べかりし収入額は合計二五三万四八三九円となること明かである。そして、《証拠省略》によれば、前記休業期間内における原告の労災保険給付額(休業補償費、休業特別支給金)は合計一六〇万五九三六円であることが認められるので、原告は前記期間に得べかりし収入九二万八九〇三円を喪失したことになる。

2、逸失利益 八八六万三一二五円

前記三冒頭の事実によれば、原告の左眼失明は障害等級八級に該当し(原告は、左眼失明の結果、右眼も視力〇・六以下に低下した旨主張するが、これにそう原告本人の供述は、《証拠省略》によれば〇・六のほか〇・七の視力を示していることが認められるから、ただちに措信しがたく、右主張は認めることができない。)、頸椎捻挫、腰部捻挫による前記後遺障害は一二級に該当するものであり、両者総合して、原告の後遺障害は七級に相当するものというべく、原告は右七級の労働能力喪失率である五六パーセントの労働能力を失ったものと認めるを相当とする。そして、右七級については、労災保険による障害補償年金の給付率が給付基礎日額の一三一日分、すなわち三五パーセント(三六五分の一三一)であるので、前記労働能力喪失率から右給付率を控除すると、補償されない労働能力喪失分は二一パーセントとなる。原告は、昭和五〇年二月一日当時、三四才の男子であり、以後六五才まで三一年間は就労可能とみるべきであり、一日当りの収入は前記のように六二七七円であるので、ホフマン式計算法によってその逸失利益の現価を算出すると、八八六万三一二五円となる。

(6277×365×0.21×18.4214=8863125)

3、慰藉料 四八〇万円

前記のような通院加療期間、後遺障害の程度のほか前示諸般の事情によれば、通院加療による慰藉料は八〇万円、後遺障害による慰藉料は四〇〇万円を相当と認める。

4、損益相殺

《証拠省略》によれば、原告は、労災保険による休業補償費、休業特別支給金として、昭和五〇年二月一日から同五三年六月二三日までの間につき、合計六九〇万一〇二二円の給付を受け、被告黒崎らから右とは別に一七万四七一五円の休業補償の支払を受けていることが認められるから、前記1ないし3の損害合計一四五九万二〇二八円のうち七〇七万五七三七円につき損益相殺するを相当とするから、これを控除すると七五一万六二九一円となる。

5、弁護士費用       七五万円

本件のごとく不法行為を構成するに足りる債務不履行の事案においては、弁護士費用は相当因果関係のある範囲で損害となりうるものと解すべきところ、本件事案の性質、審理の経過等を参酌すると、右弁護士費用は七五万円が相当である。

四、被告黒崎らは原告に対する立替払債権および貸金債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張するが、本件のように、受働債権が債務不履行に基づく損害賠償債権であっても、債務不履行を構成する事実が同時に不法行為を構成するに足りるものであるときは、民法五〇九条の適用があり、相殺は許されないと解すべきであるから、前記相殺の抗弁は採用することができない。

五、以上の理由によれば、被告らは各自、原告に対し、損害賠償金八二六万六二九一円およびこれにつき、本件訴状送達日の翌日にあたる昭和五〇年三月五日から右支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の本訴請求は右の限度で正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九三条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥輝雄)

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